2007-05-19

著作権とは何か

 感想
 「著作権とは何か」の本と同時進行で私は金ゼミの輪読で去年使われた「ネットがテレビを飲み込む日」(洋泉社)を読みました。この本の中の林 紘一郎氏のチャプターは「著作権とは何か」と重なる部分が多くて、為になった。しかし、林氏の内容は自分にとって高度だったので判らない所があった。
 
 「著作権が通信と放送の融合を阻害すると一般的に言われている」と言う前提で林氏は述べているが、まずその前提が私にはわからない。今回は著作権のプロがせっかくいらっしゃるので聞いてみたい。

 林氏の意見の中で感銘を受けたのはdマークと言うものだ。現在、アメリカでは著作物はパブリック・ドメインになるまでには70年かかる。しかし、dマークがあると著者の自由な意思で(70年たっていなくても)パブリック・ドメインにすることが可能なのだ。私はこの案に賛成だ。なぜなら、新たな商品ができるには必ず他の影響を受けると確信するからだ。

 話は変わりますが、前のニュース・クリッピングで「脱日本化の日本商品が売れている」とかいう議論になったけど、日本で作られた時点で日本的だと思う。もっと話を飛躍させると人間の話す言葉。我々は当然のごとく言葉を話しているが、もし赤ん坊が社会(人間界)から排除されて育ったとしたらどうなるだろうか?赤ちゃんは本能で歩くことはできるだろう。しかし社会から排除された以上、言語を話すことは無理であろう。ちょっと例が極端だったので、解かりやすくすると、両親が日本人だとしてもアメリカで生まれ、アメリカで育てば英語が堪能にしゃべることができ、日本文化よりもアメリカ文化に精通するであろう。

 人間は他の人間を模倣することで成長する動物だと思います。日本文化は日本人だけによって作られたものではありません。私が書いているひらがなをみてもそうだ。「あ」というひらがなは漢字の「阿」からきている。文化と言うのは他者・他国の影響をうけて、その後に自国にあうように変換されます。

 従って、人間と言う動物は社会に影響を受ける動物だと思います。なので、ある個人によって創造された作品を他人がまったく使えないとなると、新たな作品を創造することは不可能だと思います。dマークはパブリック・ドメインにできる作品を増やせると言う点で有効な発想だ。


 議論したい点

 「著作権が通信と放送の融合を阻害する」といわれているが、それは何故なのか

 dマークを普及させるべきか

著作権とは何か

「著作権の最大の存在理由は、芸術文化活動が活発におこなわれるための土壌を作ること」という筆者の考えに共感しましたが、実際にこの目的に沿うようにするには、どのような方法が最も良いのか、つまり著作権というシステムをどうするべきなのか、というのを法律として明文化するのは難しいと思いました。

というのも、著作権法が機能しすぎれば、自由な創作活動にとってマイナスになってしまう可能性もあるだろうし、また一つ一つのケースすべてにあてはまるルールはあるのかという疑問、そして本の中に述べられていた「創作・表現の必然性」を、他人が判断できるのかと思ったからです。
やはり、創作は誰かの影響を受けていたりするもので、著作権が強く機能しすぎてしまうと、逆に「芸術文化活動の活発化」を妨げるように思います。

このまえのゼミでyoutubeのnotice&takedownに関する話が出ましたが、この法律の良いところは、強く規制しないことで自由な活動が生まれ面白いものができるというところです。

著作権法は果たしてどこまで規制をするべきなのか?というのが議論したい点です。

表現の自由という権利もふまえたうえで考えてみたいです。

2007-05-18

文化と著作権 ~『著作権とは何か』~

例も豊富で、著作権の全体像を捕らえるにはわかりやすい本であった。
ただ、著作権という法が広範囲なので、作品に対してどの程度個別的アプローチをとるのかとらないのかがいまいちよくわからなかった。自分の理解では、「著作権」を包括的に各コンテンツに適応している気がするが、それは果たして有効なのか疑問に思う。そこで早速・・・

<疑問点 その1>
・なぜ著作権とおおまかにまとめたまま改正の議論や適応の範囲が審議されるのか?
-映画の著作権延長問題と、美術作品の著作権延長問題は同じ土台で議論されるべきものではないように思う。なぜならば、映画の著作権には映画会社や世界全体の映画企業が関係してくる非常に利害関係ある分野だが、Artは個人の創作であり、オリジナリティーと模倣の境界がつながっているからこそ意味が生まれることが多々ある分野だからだ。著作権改正においては、もっと個別的・ジャンル別的見方・使用の方法を考えるべきでは?

次に、整理して考えたいのが「文化」の要素である。
文化には、「継承」と「創造」のおおまかに二つあるとして、継承では著作権保護は大事だが、創造においてはどこまで大事にするべきか疑問である。まっさらな創造が不可能な場合、創造するたびに著作権侵害の恐れを意識していては、文化のダイナミズムも薄れる。そこで疑問 その2。

<疑問点 その2>
・著作権法に関連する裁判がある場合、判決を出す裁判官は、どの程度のバランスで「長期的な文化振興&保護」と「原告側の訴え」を意識しているのか?
-補足として、著作権法において「条文」と「判例」の重要度の違い・使用頻度もお聞きしたい。

また、本とは関係なく時間があったら聞いてみたいことも幾つか・・・

<個人的にお聞きしたいこと>
・模倣かオリジナルか、という論争は一転二転することが多いため、非常に相対的な結論しか出せないように本書を読んで思えた。判断が微妙な場合に、もしも福井さんが弁護する側のいいぶんを仮に間違っていると思う場合があっても、やはりそれは仕事上サポートしなくてはいけないものなのか?
・一概にはいえないかもしれないが、契約交渉や知的財産権を仕事で取扱う際、どのようなコンテンツが一番稼げる/稼げないのか?

・日本ではどの程度著作権専門の弁護士がおり、著作権に対する学問の潮流(世界/日本)はどのようになっているか?

「著作権とは何か」は面白かった!

感想
この本を読んだ後、誰もがネットを通してCreatorにもConsumerにもなれる時代で、文化発展と著作権保護のバランスを今後どのように変化するのかが気になりました。

そこで、ざっとですが以下のレポートに目を通しました。

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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 「マイコンテンツ╱メタクリエーション」 
http://www.murc.jp/report/quarterly/200701/88.html
富士通総研 「著作権の最適保護基準」
http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/economic-review/200607/page2.html
三菱総合研究所 「著作権保護と文化発展のバランス~53年問題に思う」
http://www.mri.co.jp/COLUMN/TODAY/SUDO/2006/0804ST.html
三井トラスト・ホールディングス 「日本の映像メディアコンテンツについて~拡大が期待されるテレビ放送の二次利用」
http://www.mitsuitrust-fg.co.jp/invest/pdf/repo0606_2.pdf

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ちなみに、本当にざっと最近の著作権の動向について知りたかっただけなので、全部理解したかと言えば(特にちっちゃい事例に関しては読み飛ばした点も多いので)、全部は理解してないです。

コンテンツ産業がこれからもっとUser主体のコンテンツとして成長していくことを考えると、著作権のあり方は益々激変していくことが予想されます。
個人的には「CompetitionではなくCollaborationからCreativityが生まれる」という考えを支持しています。これからのコンテンツ産業は、過去に蓄積されているコンテンツをParody的又は模倣的に利用した新しいコンテンツが主流になる傾向がる気がします。その新しいコンテンツ文化を発達させる為には法律が模倣やParodyに関してより寛容にしていかなければならないのではないでしょうか。

また、全ての人がcreatorという時代では、そのCreatorがCreateする作品が合法的なものにならなければ、どんなに優れている作品が生まれても「著作権侵害」でうもれてしまう。
音田さんも取り上げた「ノマネコ」も、「モナー」が2chの共通財産であり、著作権侵害であるとの判断こからいなくなりましたよね。
その件も受けて過去のコンテンツへの合法的なアクセス(2次利用)ができるようなサービスが今後必要だと感じました。合法的な無料コンテンツの検索エンジンとか魅力的だなと思います。

この本を読んで、変わりゆく著作権の動向、そしてこれからどのように合法的なコンテンツを作るために「著作権」とどのように付き合っていかなければならないのか・・・という問題意識を得ることができました。うまく付き合うことが出来れば、日本のコンテンツ産業は本当に強くなりうる思うので、なんだか楽しみです。



議論したい点

  • 皆さんは、著作権保護か文化発展のどちらをこれから重視するべきだと思いますか。それはなぜですか(私は上に書いたとおり、文化発展重視です。)
  • これからコンテンツ産業が発展していくには、これからは「定額制」によってコンテンツ産業活動の保護が必要だと思うのですが、どう考えますか。
質問したい点
  • 著作者が不特定多数の場合、著作権はどのように扱われるのか。例えば、「電車男」の著作者は映画化した会社なのか、それとも不特定多数のネットユーザーなのか。
  • 実際に、著作権はどのように変化しているのか

不確実性時代における行動指針

“I think it is very important for you to do two things: act on your temporary conviction as if it was a real conviction; and when you realize that you are wrong, correct course very quickly …. And try not to get too depressed in the part of the journey, because there’s a professional responsibility. If you are depressed, you can’t motivate your staff to extraordinary measures. So you have to keep your own spirits up even though you well understand that you don’t know what you’re doing.”

- Andy Grove, former CEO and Chairman of Intel

『著作権とは何か』に関して

<感想>

『著作権とは何か』に関してを読む前に、著作権法を読んでみた。
総則で、著作権法の「目的」がしっかり書いてあることに驚愕した。この目的の記述が昨今の、著作権を死後50年から70年へという、著作権延長議論を入り組んだものにしているのでは無いだろうか?「文化の発展に寄与する」為に、50年から70年にすることの根拠は一体何であろうか?
そんなことを考えながら読んでみた。

本の中身は、先行事例を検討しながら進んで行った点から、著作権の難しさと面白さを感じた。ついでなので、土日で判旨も読んでみようかと思う。スイカの例にしても、音楽の例にも言えると思うが、判断がとても難しいと感じる範囲である。
そもそも、パロディーはどこまで許されるのだろうか?

一昨年、avexが某キャラクターをインスパイアーして「のまねこ」というキャラクターをつくり、商用利用したことで、問題になったことがある。avexともあろう大企業の法務部でさえも、あの作品を合法と感じている所からも、この分野の難しさを感じている。

本書で期待していた、著作権の延長論に関しては、少ししか書かれていなかったので、こちらはゼミの時間に検討したい点である。

<議論のポイント>

  • そもそも、著作権期間を50年から70年に延長したことで、創作に関するインセンティブがあがるだろうか?超有名な作品ならともかく、多くの作品は50年だろうが70年だろうが、大きな著作権料の収入があるとは感じれない。過去の事例でも、50年を短縮するといった議論は無く、本当に期間を延長することが得策といえるのか?期間を伸ばすと短くするのは、容易では無いだろう。
  • 70年にするという議論が、「文化の発展に寄与する」という著作権法の掲げる、目的に沿ったものになっているのだろうか?手段と目的を混同して考えているのではないか?
  • クリエイティブ・コモンズに関して、実務家や文化庁はどのように考えているのか?それに関して、著作権法も著作権者が仕様の範囲を、表明することは出来ないのか?出来るという流れにはなっていないのか?文化庁も、一応「自由利用マーク」を出しているが、認知度や利用度、充実度に関してなどは疑問が残る。


    水曜日の文化庁での「文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」での議論なども聞かせていただければと思います。

  • 著作権とは何か

    ○感想○
    「著作権とは何か」は、自分が興味を持ってる分野であり、有意義に読むことができた
    まず、著作権が「文化の発展に寄与すること」という考え方には大きな共感ができた
    他人に物理的に迷惑をかけなければ(感情的に迷惑だと思われたとしても)ある程度著作権に融通を与えたほうが、文化的には成熟するのではないか
    まず、藝術創作活動をするにおいて、過去の藝術を知ることがとても重要だとされ、模倣という訓練も普通に行われている。その点でも、過去の藝術作品(著作権があるもの)に影響されていることは間違いない。それが無意識の間で、作品に投影されたとしても、奇異なことではないと思う
    最近の例として、和田義彦が、盗作問題で、芸術選奨文部科学大臣賞を剥奪され、国画会から脱退したことは、藝術に興味がない人でもご存知のことであろう。盗作が見つかる前までは、散々メディアからも賞賛されていたのに、「盗作疑惑」が浮上した途端に、その芸術的価値までも下がってしまった。著作権を厳守することが、その芸術的作品の価値までに強く影響してしまうことに、少し違和感を感じる。著作権の問題よりも「美しいものは美しい」と言える鑑賞力のほうが重要なのではないか(和田氏が盗作したのか、しなかったのかという問題は別にして)。ファイン藝術と(同人誌などのヲタク活動の)場合は、むしろ著作権を排除したほうが、芸術家が育つ環境が生まれるのかもしれない

    かといって、著作権に対し本腰をいれていない中国は、あらゆる問題をかかえていて、海賊版などの流通によって日本にとって大きな損失がでていることも無視できない。 しがしながら、現在の中国現代アートは非常に活発であり、世界でも注目を浴びている。この先、中国のアートがどう変化するかは予想できないけれども、著作権の乱用は、日本だけではなく、中国自国においてもアートやクリエイティブ産業に大きな打撃を与えるのではないか
    つまり、著作権と表現の自由のバランスは難しい !

    ○議論したい点○
    ①中国の著作権問題について
     海賊版などの問題について対策はとらなくて良いのか?
     もし、社会主義や儒教などの思想が、著作権に関する考え方にも影響を与えていたら、外国が著作権問題について圧力をかけるのは行きすぎかもしれないが、ネットという媒体を通し世界が繋がった現在は、全ての国で何か共通の約束事を決めるべきではないのか
    ②私自身は、ファインアート、同人活動、クリエイティブ産業などは、違った著作権の制度が必要に感じる。つまり、著作権には「文化発展」のための側面と、「利害問題」のための側面があると思う。ファインアートなどは、文化発展のために著作権があると言え、音楽や映画などメディアを媒体とするものは、利害関係問題を起こさないために著作権があると考えても良いと思う。クリエイティブコモンズにより個別に対処する方法もあるが、分野によって著作権の法律自体を変えることによって、より文化の発展に貢献し、利害関係の問題を解決できるのではないか
     
     そして最後に、議論したい点とはズれるが、筆者は、東京藝大の講師もなさっているようだが、若き芸術家たちには「著作権」についてはどのように教鞭をとっているのかを伺ってみたい

    追加:http://jp.video.msn.com/v/ja-jp/v.htm?g=D0AFF148-9B88-4A85-9FE0-738E7FD1BA2D&t=m110&f=40/98&p=Source_JAJP_griorvr&fg=  村上龍氏による中国の著作権問題についての見解

    著作権とは何か

    *感想*
    私が一番心に残っているところは、ディズニーの『ライオンキング』をめぐる論争のなかで、手塚プロダクションが「もし本当に手塚作品に影響を受けたものであれば、これまで欧米文化に影響を受けてきた日本が、逆に影響を与える側になれたということで、素晴らしいことだと思う」という声明を出したというところです。自分の著作権を他人によって侵害されたとき、心の底から快く思う人はいないと思います。でも、考えようによっては「他人に模倣される、引用される、参考にされる、ということは、それだけ自分の作品が素晴らしかった」と解釈することもできます。批判するためにパロディ化されたなら話しは別ですが、ちょっとくらいのことで訴えなくてもいいのになと思うこともあります。本の最後の方にもあるように、「何かがオリジナルであるということは人々の幸福にとってどれほど大事なこと」なんだろうなぁと思いました。

    *議論したい点*
    日本はとりあえず映画の保護だけを20年延長たが、他の著作物の保護期間はどうするべきか

    2007-05-17

    『著作権とは何か‐文化と創造のゆくえ‐』

    <感想>
    「著作権」という単語は非常に簡単に使ってしまいやすく、その一方でどういったものなのかを知らないという場面の多いものであるように感じます。

    そうした中で本書は多くの具体例が有効に使われており、著作権についてのイメージがわきやすかったです。

    芸術文化の発展・進歩にとって著作権の存在は不可欠なものです。
    ただ、その一方で解釈の問題で障壁になったり、また著作権の保護期間延長問題(著作者の死後50年から70年に延長する)といったものはこれからの時代に合わせて変化していくべき問題であり、すばやさが求められる分野であるとも改めて感じました。
    著作権保護期間延長とは芸術文化の発展・進歩の促進に役立つのかという点で議論されるべきであり、個人的には延長には賛成できません。
    保護期間延長がもたらす効果が芸術文化の創作を促すことであるのか制限することであるのかということを考えると後者であると考えるからです。
    そもそもこの議論の対象になるような著作物とは社会に少なからず影響を与えるようなものであると考えられますし、そういったものを長い間活用できないということは長い目で見ると芸術文化活動にとって損失になってしまうのではないでしょうか。

    この点に関しては既得権者と真っ向から対立してしまう部分であり、皆さんの考え方を聞いてみたい点でもあります。


    <議論したい点>
    僕はせっかくなので、著作権保護期間延長問題にフォーカスを当てたいと思います。

    ・著作権保護期間は延長されるべきか否か。(YesでもNoでも)芸術文化活動が促進・進歩していくためにはどういった制度体系がなされるべきか。

    ・著作権保護期間延長問題では、海外の事例が延長推進派の根拠として示されるが、海外のモデルに日本が対応するということが果たして重要な問題なのだろうか。

    ゼミの感想

     e-learningについて議論してる際に、「大学に来るのは学歴がほしいから」と私は述べました。これは過激だと言われましたが、自分はそこまで過激だと思っていません。というのも大学を出ていないといいところに就職できないという概念がいまだに日本に深く残っているからです。確かにいい大学に入ったからといっても、就職できない人もいます。大学に入って重要なのは、「大学生活中に何をするか」だと思います。その何をするかですが、いい大学にいればいるほど物事をする際の可能性が高まります。なので、いい大学に入っておけば必ず就職できると言うのは嘘で、その嘘にだまされた人が就職できないのでしょう。

     大学に入った後は、高校時代みたいに受動的ではだめです。主体的に行動し、行動範囲を大学だけに留まらず、多くの課外活動に参加すべきだと思います。

     過激だと言われたので一応、私の解釈を書きました。要するに私は学歴至上主義ではないということを言いたかったのです。けど最低限の学歴がないと個々の未来の可能性は摘み取られるのです。大学に入ったら何をすべきかが重要です。

    著作権とは何か─その将来─

    『著作権とは何か』(著者)福井健策

    ─感想─
    著作権の入門書としては非常にわかりやすい本だと思いました。ただ、やはり筆者もあとがきで述べているように、これだけでは著作権の詳細を知ることはできません。しかし、このような読みやすい本が出版されたことで、今まで著作権に無頓着だった一般人に訴えかけるには十分刺激的な本だと思います。私達にとっては、著作権の存在を当たり前のように知っている感覚かもしれませんが、意外と一般人の方は、どの程度が著作権に違反するのかといったことはあまりわかっていないようです。
    例えば、ニコニコ動画に違反コンテンツがのっていることに対して、「動画にコメントがついたことで、違うモノになったんだから、これは違反していない。自分が作ったもの」というような、間違った考えを持っている人もいたりします。
    また、本書にもあったように、違反の線引きがアートなどは特にしづらいという点もあります。インスパイヤされたのだ、と言えばそれで済むことなのかどうか。ノマネコ騒動は、匿名集団がつくりあげたものであって、誰が著作権者なのかははっきりしていなかったのも問題でした。しかし、このような匿名集団によって生まれるコンテンツもこれから増えていくと思われるので、なにかしらの対策が必要となってきます。他にも、ホームビデオを撮った際、たまたま紛れ込んだテレビ画面やBGMが入っていたらこれは違反なのかどうか、音楽によくあることですが、一部分のフレーズがたまたま似ていた場合どうなるか……など、このような曖昧な部分もさらに議論をつめていかなくてはならないでしょう。 また、動画サイトの有人監視を考えた場合、プラットフォームを提供している側が全ての違反・無違反をコントロールしてもいいのか、ということも最近考えます。明らかな違反ならまだしも、上記のような故意に違反をしていない場合、著作権者が訴えているわけでもないのに、勝手に動画の削除をしていいのかどうか…。
    あと一点、欲しかった章はクリエイティブ・コモンズについてです。インターネットの普及により、著作権違反の問題も多く発生していますが、情報共有をしやすいように生まれたクリエイティブ・コモンズは重要なプロジェクトだと思います。 ただ、CC≠著作権放棄です。この点もなかなか認知されていない点のように思えます。

    ─議論点─
    ・クリエイティブ・コモンズの現状と課題と将来。(コンテンツによって向き・不向きなどはあるのか、CCがいまいち普及していないのはなぜか)

    ・完璧に違反と違反でないものを線引きすることは難しいが、これを解決する方法はないのか。また、誰がその線引きを行うのか。(場を提供している人、著作権者、etc)
    (※法廷に持ち込む前の、動画アップ時に行われる判断としてということです)

    ・著作権の仕組みはこれからどのように変わっていくのか(年数延長、登録制など)

    ・JASRAC等の著作権管理業者が存在することのメリットとデメリットはなにか(JASRACは本当に悪だと言い切れるのか?)

    ・クリエーターが権力の持つ側とのパワーバランスによって、ライセンスを取得できないという状況の改善方法はないのか

    著作権とは何かー文化と創造の行方ー

    ★感想★

     まず、正直に言うと私は著作権に対してあまり(というより、ほとんど)知識もないし、興味もあまりありませんでした。とっつきにくい分野だと思っていたからです。著者の福井さんは最後に、入門書といささか不十分な内容の本…と書かれていましたが、私はとても入りやすい入門書でした。
     -------
     昨年の金ゼミでもよく先生がおっしゃっていた「包丁と拳銃」の話がやはり私の気になるトピックです。Youtubeは包丁でしょうか拳銃でしょうか?
     ------
     私が人生の中で著作件を初めて意識したのは、高校生時のことでした。当時高校生の間で絶大な人気の女性イラストレーター“カナヘイ”の作品がきっかけでした。彼女の作品はアンパンマンなどのキャラクターのパロディ作品が大人気でしたが、彼女は自身の高校卒業とともに、「著作権侵害の可能性があるから」という理由から創作をやめてしまいました。

    この本の中で「新しい作品と言うのは、多かれ少なかれ古い作品を創造の源泉としてその上に成り立つものだ」という一節があります。私たちが何かを創造するにあたって、私たちは自身が生きてきた文化や芸術<作品>に触れることで得てきた感覚をそこに表していると思います。20歳まで生きてきて、なんの作品にも影響を受けてない人なんていないはずです。パロディも作品の一つとして認められるべきなのでは、と思いました。著作権の存在理由の一つである、芸術文化活動の振興を妨げてはいなく、逆に新しい芸術の分野を作っのではないかと思っています。しかし、そもそも「創造」とは何なのでしょうか…
    現在の著作権に関する法の見識は一定でありません。著作権というものの性質上仕方ないと思います。しかし、本当に著作権は芸術文化活動を振興する役割を担っているでしょうか。

    ★論点★
    ・地上デジタル放送のコピー・ワンスはどう考えるか。これは私的な利用を制限していないか?
     (コピー・ワンス : コンテンツを1回だけコピーできる仕組みのこと。2004年4月からBS/地上デジタル放送ですべての番組に適用されている。)

    ・著作権の延長は芸術文化を細らせているか?

    ・そもそも創造とはなんなのか?

    5月21日(月)、NewsClipping

    ゼミのテーマとあまり関係ないかもしれませんが、興味があったので載せました。

    グーグル新機能、自動翻訳で外国サイト検索 20カ国語対象
    (2007年5月17日、Sankei Web)
    http://www.sankei.co.jp/keizai/it/070517/itt070517000.htm

    ●記事の要旨
    米Googleは16日、母国語のキーワードから海外サイトを検索し、自動翻訳機能により検索結果を母国語で表示するサービスの提供を開始する予定があることを発表した。対象となる言語は、日本語や英語、中国語、アラビア語など20カ国語にわたる。

    ●感想
    実際に「自動翻訳機能」を用いて日本語訳された「ワシントン・ポスト」や「タイム」のサイトを見たのですが、日本語としてまったく意味不明で、英語から読んだ方が理解がしやすいという印象を受けました。翻訳ソフトの問題点は以前から指摘されていたようですが、ここまでひどいと、本当に普及するのか疑問を持ちました。Googleも以下のサイトで、「最先端のソフトウェアであっても、残念ながらネイティブ スピーカーやプロの翻訳者のような言語レベルには届きません」と言及しているくらいです。同時にこうしたシステムを構築することの難しさを感じました。

    ちなみに、2006年11月時点でのGoogle Translateのシェアはかなり低く、Yahoo!やExciteを利用している人が多いようです(以下の資料)。

    ●議論したいポイント
    ①Googleの自動翻訳システムに問題点はないのか。
    ②そもそも翻訳ソフト(あるいは翻訳サービス)に限界はあるのではないか。そうだとすれば、どのように利用していくのが賢明なのか。
    ③自動翻訳による外国サイト検索サービスは普及するかどうか。

    ※参考
    「Google Translateについて」 http://www.google.com/intl/ja/help/faq_translation.html
    辞書・辞典に関する調査 http://japan.internet.com/research/20061101/1.html

    5月21日 News Clipping

    <出展> 
    2007年5月16日(水) 読売新聞 朝刊 経済
    「次世代無線通信 携帯5社は対象外 最大2社に免許割り当て/総務省方針」

    <概要>
    総務省は15日、光ファイバーなどと同等の通信速度でブロードバンドができる「次世代無線通信」について、最大2社に免許を割り当てる方針を発表した。
    NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイルに、イー・モバイルとアイピーモバイルを加えた既存の携帯電話5社は対象から外し、新規参入を促す。総務省は7月に申請を受け付け、9月にも認定する方針。新サービスは2010年までに始まる見通し。
    http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20070516nt0c.htm

    <感想>
    「次世代無線通信」は光ファイバーと同程度のブロードバンドができるということで、携帯電話よりも「次世代PHS」でのインターネット利用が加速していくのではないかと思いました。インターネットで動画を見ることに抵抗がなくなってきている一方、携帯電話は通信速度が遅く、携帯電話でのインターネット利用はSNSなど静止画サイト(?)や携帯電話用のサイトが中心だったように思います。でもこれからは、通信速度が早くなることでPC用のサイトも次世代PHSを使って見るようになるのかもしれません。携帯『端末』と『PC』との差がどんどんなくなってきているのではないでしょうか。

    <議論したい点>

    • 新規参入を促す総務省の意図は何か。
    • 「従来の携帯電話と異なる新たな無線サービス」とは何か。
    • 通信速度が光ファイバーと同程度に上がることによって、PCは携帯『端末』と一体化していくのではないか。

    著作権とは何か

    『著作権とは何か ~文化と創造のゆくえ』 福井健策

    *感想*

    具体例が多く、最初から最後までスムーズに読むことができました。パソコンの普及、インターネットの普及、ブロードバンドの普及と、プロだけではなく、誰もが簡単に情報発信できる環境が整い、それを利用する人も爆発的に増えて、「著作権」も私たちに身近なものになってきました。でも、実際は「勝手に画像貼っちゃいけない」とか「勝手にコピペしてはいけない」とかその程度しか知識がなく、どのように定義されているのかも知りませんでした。今までは「著作権」に関する知識が乏しかったとしても、たいして問題はなかったけれど、そうはいかなくなってきたと思います。「プロ」ではない私たちが情報発信や創作活動をしていくとき、「ゼロからの創造」は多くなく、「既存のものと既存のものを組み合わせた中で生まれる創造」が大部分ではないでしょうか。となると、ますます「著作権」を意識していかなくてはいけません。
    「著作権」が守られるべき理由に、、クリエイターへの「インセンティブ」が挙げられます。優れた作品を創作しても、著作権がなければ、盗作されて、収入と名誉が奪われてしまうからです。だからクリエイターが「作品で食べていく」ために、著作権が必要だと言われています。しかし、『クリエイターが作品で食べていくため」に著作権が必要なのであれば、クリエイターが生きている間だけでいいのではないかと思いました。すでに、死後50年も守られているのに、それをさらに20年延長する意味はあるのでしょうか。「保護期間を延長することで創作へのインセンティブが高まる」と言うのであれば、欧米に合わせた「死後70年」にする必要はないと思います。「死後50年」で日本が損をするのであれば100年にでもすればいいと思います。しかし、誰もがクリエイターになれる環境になった今、保護期間を延長し、今までの少数の作品を保護することは時代の流れに逆らっているのではないでしょうか。少数のプロを保護することで、大多数の可能性を狭めることになるのではないでしょうか。今まで作品を生み出してきた少数のクリエイターを保護するメリットより、これから生まれるはずだった優れた作品が生まれなくなるデメリットのほうが大きくなると思います。

    *議論したい点*

    • 著作権保護期間延長によるクリエイターのメリットとデメリットはどちらが大きいのか。
    • 日本の目指す「知財立国」とはどんなものなのか。

    『著作権とは何か』感想

    ・感想
     
     私が持っていた「著作権」のイメージは作品に「あれをするな、これをするな」と規制ばかりしている権利だった。実際レポートを書くときに引用をしたら出典を書かなければならないし、P2Pも著作権侵害だ。単純に著作権がなければ、作品製作者側でないわたしにとっては嬉しいことだと思っていた。しかし、文化と著作権というくくりにして考えると、第4章の後半で書かれていた文化振興のために著作権があるのであって、製作側でない私がもっとおもしろい、魅力的な作品を受け取るためには著作権が必要なのだ。この箇所は私の著作権のイメージを根本的に変えた。とは言っても、この世が窮屈になるために権利や法律謳われているわけがないのであって、浅はかな考えを持っていたんだな、と感じた。
     
     他には、シェイクスピアのことがよく例に出ていて、創造的であることに限界はあるのか疑問におもった。結局古典にかえるのかなと思ってしまった。特にライオンキングの話は(有名らしいが)初めて知り、もとを辿っていくと古典にかえるのかな?と思った。でも、その考えにはそんなはずがないだろうという感情もあり、議論をして「無限だ!」という意見の理由を聞いたらおもしろそうだと感じた。以前どこかで、自分の話している言葉は誰かの話している言葉で、思考や行動は模倣であるということを聞いたことがある。あるパラダイムのなかではそこから抜け出せず、パラダイムシフトした時に前あったパラダイムが認識できるならば、シフトも模倣なのかどうかは疑問に思うし、著作権から「文化」や「芸術」って何なのだろと思った。

     著作権が「実験」だという節も興味深かった。そうだとしたら将来その実験が失敗だと分かった時、著作権がある状態からない状態になったらどうなってしまうのだろう。

     最後に著作権には先に述べた文化振興のためだけでなく、実際的には「文化、芸術」と「経済」の両方が絡んでいる。これも、私にとって何か新鮮に感じた。


    ・議論点

     1.社会的実験が失敗した時、著作権の存在意義はなくなるのか?
    (「ある→ない」状態になることが生む弊害は?)

     2.創造することとは何か。模倣とは何か。
    人間は生まれたときに親がしゃべる「ママだよー」を聞いてそれを模倣して「ママ」という。
    ということは、言葉は模倣で、その言葉を使った思考も模倣なのではないのか?
    そうすると創造することは模倣することなのか?両者の「線引き」について議論したい。

    著作権とは何か 5/21

    感想

     著作権について非常にわかりやすく書かれていた。
    自分が興味を持ったのは、音楽の共有ファイル話。ウィニーが問題視され一時期収まったように思われたが未だに許可のない無料ダウンロードは続いている。これは音楽業界にとって大変な問題だと思う。しかしこの本の最大のテーマでもある「何がオリジナルで何がコピーか」ということを考えると、違法ダウンロードも悪いことではないような気がしてくる。さらに情報は交換されて初めて意味を持つものであるし、コピーが無限に出来るというのがその利点であると思う。
    音楽がCDとなり、そこにジャケットがついてプラスチックのCDカバーがついたものは情報でなくて作品だと思う。それをそっくりそのまま真似して作ったら著作権の侵害だと思う。でも音楽がデジタル化され、目に見えないものになるとそのコピーが悪いものだとは思えない。デジタル化された時点でそれは作品ではなくてアイデアではないかとさえ思った。
     「高度に情報化されイメージの大量複製が容易な現代は、本当にオリジナルなものなどない時代だ、といわれることもあります。まして、何かがオリジナルであるということ人々の幸福にとってどれほど大事なことでしょうか。」という部分が印象的だった。

    議論したい点
    P2Pは本当に悪いことなのか?

    なぜこの議論点にしたのか

     この問題は自分にとって身近な問題だからだ。今レコード会社はどんどんと潰れている。なぜこの問題は止まないのか。これはみんなの意識の問題だと思う。作品が情報となり、コピーが無数にできるようになる(供給過剰)と物は価値を小さくする。いくらでもあるものなんだからとってしまっても構わない。そんな心理がはたらいているのではないだろうか。情報となったものも作品であるという意識が広がらなければこの問題は解決しないと思う。このあたりのことも議論してみたい。この議論は結局、オリジナルとコピーの違いはなにかという問題に収斂していくと思うが。
     そしてなぜ「P2Pは違法なのか」としないで、「P2Pは本当に悪いことなのか」という表現にしたのかというと、法律というものがとても曖昧なものだと今回感じたからだ。作品はマネてはいけないが、アイデアはマネてよいという法律に疑問を持った。作品というのはアイデアの結集ではないのだろうか。既存の法律の概念に捉われず、倫理的な観点で議論をしてみたいと思ったのでこのような表現にした。

    5月14日 ゼミの感想

    今回は初めて第三部に企画として携わりました。
    それが私にとって今回のゼミで一番の出来事でした。
    会計を音田さんに頼んでしまいましたが、次回は最初から最後までやりとおします><

    ・NC

    e-ラーニングの議論は意見がキレイに分かれていたのでとても面白かった。
    時間がもっとあればもっと議論をしたいと感じた。自分の意見を言うとき、「言いたいこと」あるのに言葉にうまく出せないのにもどかしく感じました。これからNCをやっていくにつれて思考力を鍛えると同時に表現力ももっと磨かないといけないと思いました。


    ・ゲストスピーカー

    2部の時のお話より3部で話たことのほうがおもしろく感じた。「SNSはなくならないのか」という話をしたのだが、これについてNCでも議論をしたいと思った。

    NC「地方選挙とネット」

    5月10日朝日新聞(夕刊)
    地方選挙とネット

    [要約]
    統一地方選挙に向けてヤフーが「みんなの政治」で「地方選挙へ行こう特集」を組んだ。また、35歳未満の市議、区議候補の役4割がブログを開設した。しかし、地方選挙では地道な活動で名前を覚えてもらわないとブログへのアクセス数はのびない。「地方選挙ではネットの効果は限定的」だ。

    [感想]
     「政治とネット」に興味があったのでこの記事を選びました。地方選挙にだけ限定してしまうのはもったいないので、広く「政治とネット」について意見を交わしたいと思っています。
     名前を覚えてもらうことが要となる地方選挙には候補者側のブログ等のネットの利用には限界があるが、若者が選挙に積極的に行くのを促すのにネットは効果的だと思う。

    [議論点]
    ・ネットと政治活動は融合、調和できるのか
    (たとえば都知事選と地方選挙での違い)
    ・ネットで選挙が行われた時、生まれる弊害と利点は?

    5月14日のゼミの感想

    ○NewsClipping ○
    「無国籍」のニュースクリッピングの中の、identityに興味をひいた
    僕が考える中では、identityには二種類の意義あって
    まず一つ目は、個人がどのグループ(団体)に所属しているか、つまり所属しているグループの組み合わせ。
    例えば自分だったら「日本人」の「銭谷侑という名前」の「慶應生」の「経済学部2年」の「メディコム生」.....のように 、グループに所属しているということが、自分を証明してくれるという捉え方。
    もう一種類のidentityの意義は、どうゆうグループ(団体)に影響を与えれたかという捉え方。
    例えば、海外で生まれ長い時間その国で育った上で、一年間くらい日本に在住している外国人は、前者の意義でのidentityでは「日本に一年間在住した外国人」というグループに入れることができるのだろうけど 、後者の意義でのidentityでは、影響された度合いによって、その人自身をidentifyできる。
    特に、藝術などでidentityを考える際は、後者の意味でのidentityとして捉えたほうが懸命だと思う
    例えば、日本とはほど遠い国で起きた、「アールヌーヴォ」や「近代建築の五原則」のような芸術的活動や芸術的提唱は、前者の意味のidentityで考えると、全く日本という国は関係していないように思えるが、後者の意味では、それら二つの運動は、日本画や日本建築の影響がとても強かった(と様々な専門家が述べている)ので、アールヌーボや近代建築五原則は日本らしいとも言える。そうゆう見方をすると、藝術やデザインなど文化的思想の流れが、より明確に見えてくることを考えると、文化が大きく関わるコンテンツ産業も後者の見方で捉える方が懸命だと思われる

    記事の中で 「前者の意味でのidentityの見方を放棄する」という意味で筆者が「無国籍」と述べていたなら
    私はある程度共感できうる

    ○本荘さんのお話○
    失礼かもしれないが、本を読み終わったとは
    「統計は面白いけど、当たり前のことを言ってるなぁ」と、余り面白みを感じなかった
    しかし、飲み会での席での本荘さんのお話で 、本当に日本の企業に精通されている人なのだなぁと身を持って感じた。
    だからこそ、あのような本を書くことができたのかもしれない、と考え方が変わった。
    私たちは、現在は学生だし、モラトリアムといったら失言かもしれないけど、ある程度の自由が与えられている
    それが企業に入った瞬間、今の「当たり前のこと」がとても難しくなるのかもしれないなぁと思う
    だからこそ、この本を、大企業の経営に関わる人間に読ませることに意味があるのだろう

    5/21のゼミのNews Clipping

    News Clipping
    To do with the price of fish / May 10, 2007 / The Economist

    ケータイと経済成長の関係をミクロレベルで分析した記事

    【要約】
     携帯電話の普及と社会の経済成長にはどのような関係があるのだろうか。
     コミュニケーションコスト(取引費用)の低下によって、市場の機能が有効に働くようになった、Kerala(南インド)の漁業者の例を取り上げている。
     今までは市場内での需要がわからず、値崩れしてしまう港と需要不足で値上がりしてしまう港ができており、双方に無駄な不利益を生んでいた。そこで、1997年から2000年にかけて、ケータイのカバー率が上昇し、沿岸で漁師たちがケータイを使うようになると、漁師の利益が平均8%増・消費者の値段が平均4%減し、相互に利益が見られた。
     今まで、マクロレベル(ケータイの所有者数とGDPの相関を見る)の研究はあったが、この場合は、因果関係の立証が困難であった。今回の分析例により、民間企業の経済活動が社会経済を活性化させることができるのではないか、と提示された。しかも、ケータイは政府の介入なしで、経済波及効果を実現する。ケータイ事業者は利益を得るためにネットワークを構築し、それを利用する人は、自分の経済的利益が増えるため、進んでケータイ事業者にお金を払う。双方の経済活動が増えるために、政府は業者にライセンスを与え、明確で透明な規制ルールを設けて、適切な市場環境を整えるだけでよい。このサイクルにより、持続可能な経済成長が期待できると考えられる。

    【論点】
    ・ 情報通信技術によって、社会経済は具体的にどのように良くなっている、あるいは悪くなっているだろうか。また、それはなぜだろうか。 (情報の非対称性の存在)
    ・ 日本において、ケータイが普及したことによる具体的な社会に対する利益は何だろうか。また、今後どのような価値を提供できるだろうか。(Keralaは普遍的な例になりうるのか、全ての商品に当てはまるわけではなく、魚はむしろ例外?)

    ⇒国にとって、企業にとってのIT化と経済成長の関係とは。
    "Productivity paradox"(生産性のパラドックス)―ソロス
    ITを導入すると生産性は自動的に向上するわけではない。ITをどういう風に活用するのか、組織・制度設計・人間という変数もある。

    著作権とは何か

    「著作権とは何か -文化と創造のゆくえ」 福井健策

    著作権とは・・・独創的表現の保護と利用のバランスを保ち、芸術文化を発展させる社会実験(オリジナルな創造のインセンティブ)
    オリジナリティ:社会に新しい価値を与えているかで判断される

    【感想】
     既存の表現が新しい創造の重要な源である一方、ミッキーの著作権が切れたらビジネス上困るということも理解できる。判例によって柔軟性を保っているアメリカ、独自の路線を持っているヨーロッパと比べて、日本は「欧米が変えたから変える」という不透明な態度に見える。その中で、この本の言うように、著作権によって何を達成するのかという視点が何より重要だと感じさせられた。

    【論点】
    ・ 著作権制度が成功だったか失敗だったかは、後世になって社会が判断する。とすれば、シェイクスピアの時代とは違う技術・社会で、将来が不確かな中で、どのような制度設計がいいのかだろうか。
    ・ 海賊版撲滅に著作権制度はどれほど有効なのか。禁止していることと保護することには違いがあるのではないか。

    2007-05-16

    著作権とは何か

    今週少し忙しいので、21日の課題を早めにアップします。

    ■感想
    全体を通して、楽しく読むことができました。著作権の問題については、自分が表現活動をする上で、非常に重要なポイントになってくるので、様々なことを考えながら読みました。特に、模倣とオリジナルの境界に関しては、意見の分かれるところだと思います。オリジナルとは何か?新しい表現とは何か?パロディと盗作の境界は?など自問自答してみました。正直言って、まだ自分の中で整理できていません。そもそも、何をもってオリジナルと言うのでしょうか?現在は、いかに新しいアイデアの組み合わせ方を見つけるのかの勝負ように感じます・・・。(悪い意味ではなくて。)その組み合わせ方に、表現する人の人間性が出るのだと思います。どんな人でも、何かしら過去の作品に影響を受けています。というのも、過去の作品に影響を受けるからこそ、それを超える表現が出てくるのだと思います。そう考えていくと、盗作とオリジナルをどこで線引きしたらいいのかわからなくなってきます。まとめると、盗作に関する著作権の問題は答えは出ないと・・・。永遠の議題なのだと思います。あともう一点、著作権の保護期間延長についてのお話が本書にも触れられていましたが、国民会議を発足し、問題提起をしている著者の意見を直接伺いたい。

    最後に、この本の中で一つ印象に残った部分を挙げたいと思います。P.204抜粋“何かがオリジナルであるということは人々の幸福にとってどれほど大事なことでしょうか。私たちは常に、どこかで見た感動に身を委ね、それでけっこう幸せでいられるのかもしれません。”

    ■議論したい点
     模倣とオリジナルの境界はどこか?(どこまで似ていたら盗作なのか?)

     著作権の延長によるメリットとデメリットの両方があるが、どちらがより文化を守れるのか?

    5月14日のゼミの感想

    【NC】
    「無国籍化」の議論の中で金先生がされていたアイデンティティに関するお話が印象に残っています。人間には様々なレイヤーが絡んでおりどのレイヤーに注目するかによって相手に対する印象が変わってくるということでしたが、僕らは何気なく日々の生活の中で状況を判断し焦点を当てるレイヤーを変えているのですね。金ゼミやクラス、バイト先と異なる環境の中でそれを変えていき自己のブランディングを確立しようとする。そう考えると「人と差異を感じることで最終的に持ち得るもの」という最初につけた定義も納得できます。

    またe-learningの賛否ですが一長一短な部分があり、卑怯かもしれませんが一概には言えないなというのが私の意見です。私自身SFCのアントレプレナー概論をe-learningで昨年よく見ていましたし、機能の素晴らしさは理解しています。ただ人生という長い尺度で測ったとき大学というのは社会へ出るための準備段階という位置づけが私の中では大きいです。ただe-learningによる授業形体が社会進出のための準備に本当になるかといえば難しいところがあるでしょう。結局は今ある直接的な大学講義のサポートとしての使われ方であったりが今後方向性として強くなるように思えます。

    【本】執筆の意図などご本人からお話いただけたのは非常によかったのですが、第2部で早退してしまったため自社メディアや企業内マーケッターに関してなどコアなトピックに触れることができなかったのが残念です。また保守的である方が良い場合、もしくはアメリカのように新しいビジネスを積極的に生み出していこうとする方が良い場合というのは状況によるとお話しされていましたが、ではその状況判断を私たちは今後どのような基準や観点を持って行えばいいのか最後まで解決することができませんでした。

    2007-05-15

    5月14日のゼミの感想

    ゼミの感想をアップします。
    今回のNCで特に気になったのは、youtubeの話題のところの「Notice&takedown」という方式です。これは著作権の保護と表現の自由という問題に深く関わっているので、来週の授業に来られる福井さんの意見も聞いてみたいと思いました。あとは無国籍のニュースに関してですが、正直無国籍って何?って思いました。これからの時代はフラット化されるとありましたが、フラット化されればされるほど、その国の独自の文化的背景などが重要になってくると私は思います。歴史は受け継がれているのです。無国籍が売れる世界なんてつまんない世界だと思います。
    本荘さんの話ですが、あまりああいった大企業のコンサルティングをしている方の話を聞く機会がなかったので貴重なお話を聞けて勉強になりました。話の途中に出た、企業外のコミュニケーションコストが低下し、企業内コミュニケーションのコストが高くなってきている今、効率的な企業ってどういう形だろうか。企業の形態として、どういった形がいいのか考えるきっかけになりました。来週は食事会参加したいと思います。

    5月14日ゼミ感想@あくつ

    ─N.C.─
    「無国籍」コラムについて。
    日本ブランドなのに無国籍…ってどういうことなんでしょうか。「無国籍」という特徴が日本ブランドとなりうるということでしょうか。無国籍という意味を、どの文化圏の人でもなじめることだとすれば、すでに日本文化が変容したものだということになるのでは??
    コミック・アニメの場合、日本の文化や色が表れている漫画が海外でも評判になっています。私自身、ドイツへ行ったとき『ナルト』(忍者漫画)のコスプレをしているドイツ人をみました。海外で人気あるものの多くが無国籍とはいえないのではないでしょうか。
    また、日本市場と海外市場で同じコンテンツを流通しているわけでもなく、日本企業が海外市場向けにつくっているものも数多くあります。海外向けであっても、やはり日本文化が表れているものもあります。日本のコンテンツは質が良いというのも、ある意味日本ブランドなのではないでしょうか。

    ─本荘さんとの議論─
    印象に残ったお話は、自社でのノウハウの蓄積の話でした。マーケッターやWEBに理解のある社員を育てない限り、いつまでたっても広告代理店頼りになってしまいます。そもそも自社をアピールするという重要な事項を他社にマル投げというのは、やる気がないとしか思えません。自社でコンセプトやターゲットを熟考してから、それでも自社ではまかなえない箇所を代理店に手伝ってもらうというのが、自然だと思います。
    また、日本はボトムアップ型の社風が多いという話もありましたが、いくら下が頑張っても上の理解がなければ、新しい芽をつむことになってしまいます。私の好きな番組で「カンブリア宮殿」というのがあります。ここに出演する企業のTOPの方のお話は本荘さんとのお話にもつながる気がしました。一度皆さんもみてはいかがでしょうか。
    これらの点から、自分が成長でき、柔軟に行動できる企業に入りたいと強く思いました。ただ、外部からはなかなかその点が見えづらいということが大変ですが…。

    5/14 初NC担当

    初めてのNCの担当になり緊張しました。でも議論はなかなか白熱してうれしかったです。飲み会の場でもe-ラーニングの話が出ていたようで、我ながらいい話題をふったなぁと満足しました(笑)
    個人的には、大学がすごく好きなのでe-ラーニングは絶対にいやです。しかし上田君の大教室で先生の一方通行な授業を聞くのなら、e-ラーニングで十分だという意見には納得しました。一番いいのは学校が無くなる無くならないの前に、e-ラーニングの使い方を工夫するということだと、建設的な意見も出て、我ながらいい話題をふったなぁと満足しました(笑)


    本荘さんのお話も興味深く聞かせていただきました。経営者向きの本を書かれていたので難しい話題になるかと思いましたが、わかりやすく説明していただきました。今度はCGMについてゆっくり話が聞けたらいいなと思いました。飲み会のときの業界裏話も楽しかったです。


    ちょうどゼミに入って一ヶ月くらいになりました。金先生のガイダンスの時の熱い言葉にやられ、ぶれない自分を確立しようと皆さんと切磋琢磨してきたわけですが、未だカラッポ。まだまだ何も見えてきません。目標は輝いていた中学二年の時の自分を超えること!冬のような高校時代を抜け、大学で返り咲きたいです。

    そろそろ自分も、1.0から2.0へバージョンアップをはかろうと思います。
    ☆奥2.0☆ そろそろ反撃してもいいですか? 笑

    5月14日のゼミ

    今回のゼミを通して、自分の反省点を再認識しました。
    体調がもともと優れないというのもあったのですが、発言が軽率であったと思います。
    以後、発言も体調管理も気をつけようと思います。

    NCに関しての意見:
    「相川うるさいな~・・・」と思われるかもしれないですけど、書くことにします。
    読み込んでる人には関係ありませんが、NCをもっと各個人が事前にしっかり読み込んだほうがいいと思います。ゼミで配布された資料をゼミ中に読んでそこから議論しようとするのでは議論が浅はかになるからです。雑誌や、新聞はともかく、ネットにアップされている資料がある場合は、ブログからチェックできますよね。そこで、NC担当者が「議論点」として挙げたことを自分なりに事前に考え、わからない点があれば、調べる。そうすることが、ゼミをより充実したものにさせるのではないでしょうか。最低限、ゼミでリンクされた資料はしっかり読んだほうがいいと思います。ゼミの始めに「今日のNCなんだったけ?」ではなく、「このNC、私は~と思うんだよね。」となるのがゼミへの姿勢だと思うんです。
    皆さんが忙しいのもわかりますが、皆忙しいんです。ゼミの貴重な時間をproductiveにしていく為にもNCは読み込んでいきましょうよ。


    大企業のウェブは何故つまらないか
    面白かったです。特にCommunications costは印象深かった。
    金先生が本を落とし込んで読見込む・・・その本質をつかむ、ということが金先生の考え方を聞いてよくわかりました。自分はまだまだ詰めが甘い。実際、どんな出来事や文献からも何かしらの本質を考えることができるのに、そこまで至ってない。そんな自分が残念です。
    来週の著作権の本は、今回の反省を活かしてしっかり読み込みたいと思います。


    食事会
    せっかく亜衣ちゃんが企画してくれたのに途中退出でごめんなさい。上にも書きましたが、体調管理は気をつけたいと思います。

    5月14日のゼミの感想

    NC:
    無国籍の記事の論旨のあいまいさに笑えた。だが自分自身よく考えていたのに、いざ言葉にすると私も曖昧にしかしゃべることが出来なかった。国籍という問題は、私の価値観や生き方そのものに深く関わっているので、客観視して語るのが難しいのかもしれない。一番客観視しなければいけないものなのかもしれないが。以前、森巣博の「無境界の人」という本を読んだが、あの人みたいに自身のborderを軽々と(ときに極端に)超えて見える無国籍な状況を一度やってみたい。

    ゲスト対談:
    金先生の介入により、深い話が出来た。いつも思うことだが、まだまだ先生のいう「本質を見極める」に至っていない自分がほとほと残念である。漠然とはわかっているのだが、頭の中で綺麗に整理が出来ない。もっと抽象的な考えを具現化し、それこそ図などで把握が可能な思考方法を生み出す訓練をしなければいけない。
    印象に残ったのは、なぜ企業が出来たか、なぜ広告が出来たかを考えた点。ルーツと目的。保守的な企業の合理さと、長期的な面でのリスク。そこから見えてくるネット化というイノベーションに対する距離。広告業界の変化と個人への侵食。なににおいても、昔より個人が力を持った世の中になってきた。もうマスではなないのだ。これからの世の中は、マスコミュニケーションではないということを改めて認識した一日だった。

    5月14日ゼミの感想

    【News Clipping】
    今日は「無国籍化」が国際化の秘訣の話とe-learningの話が気になりました。
    日本人が見ている日本と外国人が見ている日本は違います。
    イギリスで日本紹介の本を何冊か見ましたが、おそらく99%の日本人が違った形で日本が解釈されていると思うぐらいすごいものでした。
    同じものを見ても違う目で見られ、理解されるのです。
    私の個人的な感情からすると、カリフォルニアロールが寿司であるのは認めたくないというのはあります。
    ですが、それが消費されるモノと考えると、少し妥協した方が経済的には利益を生み出す(商売としては儲かりやすい)のかなと思います。
    日本にある和風パスタとかもこういうことなのではないかなと思います。

    e-learningは小学校、中学校、高校などでは使用されないと思います。
    勉学をするとうのも大事だけれど、学校にきちんと通うこと、先生やクラスメイトとの人間関係を築くことなどが重要だと思うのです。
    日常生活がちゃんと送れること、コミュニケーションがとれることは社会人の必須条件だと思います。
    学校はこのようなことが出来るようになるための場所なのではないでしょうか。
    大学に入学する前は「勉強する場所」と考えていましたが、今の認識は「良い出会いがある場所」に変わりました。
    人との出会いによって、自分の知的好奇心が刺激される場所だと感じています。

    【大企業のウェブはなぜつまらないのか】
    本の著者の方がゲストにいらっしゃって緊張しました。
    お話の節々から実際企業の方がどのような意識もっているのかというのが伝わってきました。

    「築いてきたものがあるから守りたい。」、「新しく出てきたものに理解が持てない。」という企業のジレンマも興味深いと思いました。


    今日のゼミは過激な意見も出てよかったです(笑)
    飲み会の席ではみな違うバックグラウンドを持っているいろいろなゼミ生の話を聞くのを楽しく感じました。
    人っておもしろいですね。

    5月14日ゼミの感想

    ニュースクリッピングでは、YoutubeのNotice&take downの話題が、まだ検討の余地があると思った。次回のゼミでは著作権法など法律がテーマになると思うので、有効な手段はないのか考える良いきっかけになるだろう。

    本荘さんをゲストに迎えてのゼミでは、コミュニケーションコストが減少している中での企業の線引きはどこにあるのかということ、保守的という言葉は今までのゼミではマイナスの意味で使われることが多かったが、良い面もあると言うことがわかった。

    自分では「大企業の~」のような経営書を読むということは無かったので、いつもとは違う種類の本を読むことができました。

    5月14日ゼミの感想


    「検索サービス」の記事のところで 米3社が
    支配していることの弊害を学び、「Googleって
    すごいなぁ」とただ思っていた所から、少し
    視野が広がった気がします。

    eラーニングについては、社会人など、授業を
    時間通りに受けられない人にとっては大変
    有効なのかもしれません。
    でも、学校に行くことのできる私にとって、一回
    しかないという緊張感の中で授業を受けること、
    そして何かを通してではなく実際に授業を受け
    ることの方がeラーニングより重要だと考えます。

    しかし受け手、送り手にも様々なケースがあるので
    それに適した形式ができていったら良いと思います。
    学校で学ぶとは限らないので。

    ただ、マイクロソフトがライブの授業をできるよう
    にしたそうなので、どこまでインタラクティブな授業
    ができるのか、興味はあります。

    「大企業のウェブ~」では、”なぜ広告が必要なのか”
    ”なぜ会社がうまれたのか”という問いが印象的でした。
    そのような根本的な問いから、現在の問題に発展
    させていくことで新しい視点が得られました。

    自分で考察したり、論文を書くときの参考にしたいと
    思いました。

    5月14日のゼミの感想

     今日のNCで一番興味深かったのはe-ラーニングでした。私は「子供とネットとのより良い関係」を研究テーマにしているので、e-ラーニングについては以前からニュースやコラムなどを読んでいました。ゼミの中で発言しようと思っていて結局発言出来なかったので、ブログで発言しようと思います。
     e-ラーニングにはもちろん賛否両論があります。今日のゼミでは特に負の側面について議論されていたように思いました。以前に読んだコラムの中に、e-ラーニングを身体的障害を持った子供達のために活用するという試みがありました。ずっと入院していたり、外出することができなくて、学校に行きたくても行くことができない子供達にとってe-ラーニングはとても素晴らしいものだと述べられていました。障害を持っている子供達は、普通の子と同じ授業を見ることが出来るだけで嬉しいのかと思うと心が痛みました。e-ラーニングについては今後も活用の仕方を考えていきたいと思います。
     
     「大企業のウェブはなぜつまらないのか」についての議論は著者の本荘さんに直接感想を発表するというだけでとても緊張しました。守るべきものがある大企業が保守的になるのは当たり前だということを再認識しました。現状維持を最優先するか、新たな一歩を踏み出すかは時と場合によって判断しなければならないことなのに、なんでもかんでもネット化すればいいと思ってしまう自分はまだまだ若いなぁを反省しました。
     それから、テレビでインターネットをすることが主流になる時代がきたら、テレビとネットはより密接に結びつき、それにともなってインターネットの手軽さは増すのではないかと思いました。そうなると、家族でテレビを見るように、家族でインターネットをするようになるのかなとも思いました。

     三田祭論文に向けての問題意識を前回のゼミで具体化したことによって、NCをしていても、本を読んでいても、メディアコム以外の授業を受けていても、自分の研究テーマに結びつきそうなことがあるとついメモを取ったり、考え込んでしまったりします。いざ考えようと思って机に向かっているときよりも、いい考えが浮かんだりします。あの時、一度真剣にちゃんと研究テーマについて試行錯誤しておいてよかったなと思いました。

    5月14日ゼミの感想☆

    今日のゼミでは恒例のNCに加えて「大企業のウェブはなぜつまらないのか」の著者である本荘修二さんがゲストとして来てくださいました。

    ゼミ生が挙げた論点(ブログ記事参照)について本荘さんがひとつ一つ応えてくださる感じでしたが、時間が足りなかった感は正直否めません。
    ゼミ生がそれだけ本荘さんとお話ししたいことが沢山あったということですが。
    SNSの話や企業合併の協力関の話など今日時間がなくてできなかった話をしに、またゼミに遊びに来ていただきたいなぁと思いました。

    今日のやりとりの中で、特に面白かったのは「広告はなぜ必要になったか」や「なぜ企業が出来たのか」など、「そもそも」の話を考えることができたことです。
    「そもそも」なんて、普段考える機会もあまりないことですから。金先生の言う、「掘り下げて考える」ってこういうことでもあるんだなぁと思いました。

    飲み会の場では、それぞれ自分の興味のある分野で聞きたい話ができたようなのでよかったです。
    少し酔った本荘さんの口からはオフレコな話が聞けたのが面白かったw

    2007-05-14

    5月14日(月)、ゼミの感想

    ●NewsClippingについて
    e-learningに関する議論について、補足しておきます。
    私は、e-learningが主流となることは今後も考えられないのでは、と思います。
    例えば、ゼミやプレゼンテーションといった授業スタイルは、e-learningを用いた場合どのような形でなされるのでしょうか。おそらくその設備を整えるのにかなりの費用がかかるでしょう。仮にそうしたとしても、e-learningによる収益は低い(設備代などを徴収できないため)ことが予想され、あらゆる大学が本格的に着手することが考えられないためです。
    このあたり、テレビ局がインターネットを用いた動画発信に消極的なのと似ているかもしれません。
    ただ、地方の大学が特色のある授業を全国に広めたり、社会人などが仕事の合間を縫って勉強をするという利用の仕方であれば、e-learningにも充分な意義はあるでしょう。
    いずれにしても、ユーザーのニーズを把握し、それに応えるようなしくみを考えていくことが重要であり、まだ発展の段階にあるのではないかと思います。

    ●本荘修二氏を招いての議論について
    やや準備不足の感はあったのですが、印象に残ったのは、日本は新しいものに取り組む際、ボトムアップで取り組もうとするのに対し、アメリカは経営方針を定めて取り組もうとするということでした。
    経営陣が社員の発言や取り組みを保護する姿勢を持たなければ、結局社員はどう動いてよいか分からず、また失敗を恐れてしまう。日本もこの点は、アメリカの姿勢に学ぶべきではないかと思いました。
    それだけの余裕がないのかもしれませんが……。

    ●飲み会(@くろ○)について
    「ゼミに入って1ヶ月、何が変わったのか」という話がありました。
    自分は昨年、本当に何もしておらず、特に目標もなく1年を過ごしていました。
    そのような中で、モチベーションのかなり高い集団の中に放り込まれて、最初はどうすればよいのか全く分かりませんでしたし、相手のリアクションを恐れて発言をするのにもためらいがありました。
    ゼミの中で1ヶ月を過ごして何が変わったのか、まだよく分かりません。何も変わっていないのかもしれません。ただ、自分から取り組もうとしなければ何も変わらないことは十分分かりましたし、今は本を読んだり、相手の発言を聞いて自分なりの意見を持ったりと、努力をするばかりです。
    周囲の人の中には、自分がメディアコムにいることを「すごい」と思っている人もいるようです。実際にすごい環境であることは確かです。しかしそこにいることに満足しているだけでは、何も意味がありません。メディアコムに入ったのはそもそも友人の紹介であり、受けてみたら合格していたという程度のものでしかありませんが、今後はその環境を生かすことのできる人間になるべく、キャパシティを広げていきたいと思います。

    まあその友人がいなければ、今こんなことを考えることもなかったでしょう。
    感謝しないといけませんね……。

    最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

    2007-05-13

    大企業のウェブはなぜつまらないのか

    【感想】

    皆さん書き込まれているように、僕自身も最初タイトルを見てこの本は「ウェブ進化論」と同様インターネットの大きな発展について提示した書物だと思っていました。しかし本書はそれを大前提とし、ベンチャー企業がそれに順応していく中で、大企業がどのような経営を展開していくのかという点に着目していたメディア関連の本というより経営論を絡めた特徴的なものだったと思います。各単語についても適宜定義を行い、ウェブやメディアについて詳しくない人間にとっても読みやすい一冊でした。

    本書を読み終えて最初に頭に浮かんだのがメディアコミュニケーション研究所の講義で履修している
    「広告特殊講義」の内容でした。5月 11日の授業では広告業界や市場の現状を知るというテーマであったと思います。その中で既存メディアの中でインターネットが急速に普及率、信頼性を増加させ、雑誌を近いうちに追い抜いてしまうのではという情報がありました。講師である升野さんは「情報の双方向性が進み、既存のメディアが徐々に圧迫され始めている。その 現状を踏まえ今後広告代理店がどのような方向に進むのか考える必要がある。」ということをお話されていましたが、本書の内容と共通する点があるのではないでしょうか。

    日本市場全体の傾向として、消費者の情報取得元が大きく インターネットへとシフトしていく。企業がそれに対してどこに資金を投入するか判断しなくてはならない。特にその中で組織構造が複雑で動きの遅い大企業が生活価値を反映した広告や情報を流すことができるか。今後の大きな課題であるように思えます。大企業に対する提言もかなり的確でした。 (特に第七章ロードマップのアクティブ・ウェイティング戦略など)

    【議論したい点】
    ○大企業にとって双方向性のある自社メディアは本当に必要なのか?
    ○将来的にも口コミ、SNSをはじめとする消費者同士の情報交換は展開されていくのか?
    ○そこに危険性や問題点などあればそれを解決していく術はないのか

    大企業のウェブ~を読んで

    大企業のウェブはなぜつまらないのか 

    *感想
    私が企業のウェブを見るのはどんなときかまず考えてみました。最近見た企業のウェブは何かと思い出してみました。採用情報とは別に見たウェブといえば、少し前ですが、NTTドコモのホームページでした。気になる携帯の新機種があったわけでも、気になる機能があったわけではありません。NTTドコモのキャラクター、ドコモダケの彼氏を募集していて、4匹の中からふさわしいキノコに投票できるものでした。「たった」1票でありながら、それでも参加しようと思ったのは、気軽にできるというところが大きいと思います。自分の経験からたどっても、インターネットの「双方向性」を生かした、「消費者参加型」のウェブは「たった」1票を「されど」1票の気持ちにさせると思いました。自分も「参加」しているという気持ちが企業をより身近に感じさせると思います。
    この本を読んで気になったのは、「協調」や「協働」、「協力」、「連携」、「共通」、「共有」、「融合」、というような、2つ以上のものが力を合わせるというような意味合いの単語が多いことです。特に多いのは「協調」です。クロスメディアにしろ、ルースカプリングにしろ、顧客へのアプローチにしろ、1つのメディアで、または1つの組織、1つの接点で何かをしようとしても、効率が悪いということなのだと思いました。

    *議論したい点
    ・知らない人からのクチコミ(自社ウェブ、ブログなど)より知っている人からのクチコミ(SNSなど)の方が信頼性が高く、効果もあるように思えるが、SNSとの「協調」の位置づけは自社ウェブより低いのか?
    ・本文中に、「社員が協調する」とある。終身雇用、年功序列制度から段々と能力給になり、個人の力が重視され、originalityやcreativityが求められる中で、「協調」することの是非。また「社員が協調する」ということはどういうことなのか。

    大企業のウェブはなぜつまらないのか

    ─感想─
     以前から大学の授業のマーケティングが気に入らなかったが、本書をよんで、こういうものを望んでいたのだと感じました。
     私が特に印象に残った点は、

    • テクノロジー・ライフサイクル
    • クロスメディア戦略
    • 自社メディア
     アーリー・アドプターとアーリー・マジョリティのあいだにカズム(溝)があるので、ビジネスを仕掛ける時期を見極める必要があるというところですが、とても重要な点だと感じました。例えばとあるサービスをビジネスに利用しようと思ったとき、それが何人の人に認知されているのか、日々ネット漬けな人が騒ぎ立てる流行は、調べ物程度にしかネットを利用しない人にとって認知されていることは非常に少ないでしょう。自分がアーリー・アドプターに位置していると、カズムのことは忘れがちになってしまうのではないでしょうか。
     2点目。クロスメディア戦略は最近ではかなり当たり前な用語になってきていますが、まだクロスメディアというよりメディアミックスに近い形態の企業は多そうです。私も本書をよんで、クロスメディアとメディアミックスの違いをやっとわかりました。
     これを読んでいてひらめいた言葉が「クロスカンパニー」。こういう言葉が実際あるかはわかりませんが、最近ネット界では大企業同士のタイアップが目立ちます。ネームバリューの高い2社ないし3社が、集まると広告効果も大きい。これからは、他企業にもオープンな企業というのが成長するのではないかと思います。
     3点目。企業がHPを持てるようになった、というよりも、「企業が自分のメディアを持てるようになった」というと、企業WEBはとてつもなく大きい存在に思えてきます。以前までは、マスメディアにお金を払って広告をのせてもらっているという立場だった企業が、自社がメディアを持ち、好きな情報を発信することができるということを考えると、なおさらWEBに力を入れていない現状が勿体無さ過ぎます。


    ─議論点─
    ・アーリー・アドプターでとまっている現象を大企業がカズムを乗り越え、一般顧客に浸透させる方法はないのだろうか
    ・日本企業の閉鎖的、保守的性質の改善方法はあるのか。障害となっているものはなにか。

    大企業のウェブはなぜつまらないのか

    前半より後半部分が面白かった。前半は今までのネット系の情報や理論を整理し、後半は具体例を挙げていて、具体的にネット化を考えられるため興味深い。全体を通してネットが提供する付加価値を改めて認識した。一番重要だと感じたのは、イノベーションとしてのネット化のマネジメント・ネット化推進のための組織体制である。

    議論点
    ・日本の問題点はなにか?
    個人的に、日本の問題は主に二点あると思われる。一点目は、企業がネットを経営課題の根幹に組み込まれていない点。二つ目に、それのせいかマルチチャンネルがばらばらで既存とネットがうまく融合しない点。この二点は日本のネットユーザーやネットベンチャーのポテンシャルを下げることになるかもしれないので、早い段階で出来ればアメリカのような風土になったほうが今後の市場発展とも沿うのでいいと思われる。現段階においても日本はアメリカより携帯利用者が多く、ブロードバンドの価格も安く質がいいので、顧客戦略で強くなればかなりの相乗効果が見込まれるであろう。
    ・ネット化推進のための組織体制を本当に作れるのか?
    理想論で終わらないために、どのようなことが今の大企業で可能か、または不可能か。どのようなプロセスを経るのが一番いいのか議論したい。

    大企業のウェブは~

    この本を読んで気になったところは、「クロスメディア」です。
    最近のCMは、「続きはWebで」という言葉を最後に言うことが多くなっており、複数のメディアを利用して広告をするという現象を、身近に感じていました。
    インターネットが、コミュニケーション機能も、マーケティング装置としての機能も果たすことで、具体的な購買行動を知ることができるとあり、インターネットのような新しいメディアの位置付けは上昇していくだろうということでしたが、私はここでデジタル・デバイドについて考えてしまいました。

    実際にネット普及肯定論とネット普及懐疑論について論じられているところもありましたが、私はどちらかというと懐疑派なので、その点が議論したいポイントです。

    議論点
    ☆デジタル・デバイドを解決しながら、ネットと言う新しいメディアをさらに発達させるにはどうするのがよいか。

    5月14日(月)、本の感想及び議論したいポイント

    「大企業のウェブはなぜつまらないのか」(本荘修二著、ダイヤモンド社)について。

    感想
    現在はブログやSNS、ソーシャルブックマークなどによって一人ひとりが容易かつ自由に発信することのできる時代である。それはまた、企業がユーザーの意見や要望などを容易に知ることができることを意味し、広告や商品開発などに役立てようとする動きが加速している。こうしたことが、具体例を交えて言及されていた。その中でも企業がブログを作成しトラックバックを受け付けたり、SNSを作成したりするといった取り組みは新鮮に感じた。そういった企業のウェブはもはや、企業や商品の情報を提供する「広報」の手段にとどまらず、販売促進やサポートなどの「窓口」のようなものをイメージさせる。
    こうした動きは、あらゆる人々をつなぐというネットの役割やを考えれば、かなり理想的なものであるように思う。一方で、企業によってはWebコンテンツの開発に消極的な企業も多い。それはなぜなのだろうか。マス広告が大きな影響力を持っているのは確かであり、それだけでもネットの影響を無視できる状況にあるのかもしれない。しかし前述したようなメリットがあるのも事実であり、単に「必要ない」という理由だけではないようにも感じる。

    議論したいポイント
    ①ウェブコンテンツに力を入れない企業がいまだに多く存在するのはなぜか(本文に言及されている以外のことを中心に)。またそうした企業は、ウェブを活用している企業と比較したとき、現時点でどの程度、業績や製品・サービスの質などに差が付いているのか。
    ②デジタル・デバイドの問題に関して。インターネットを利用しない層のニーズを企業はどのようにキャッチすべきか(本の内容とはあまり関係ありませんが…)。

    5月14日にむけて

     感想

    自分は大企業はとっくにネット化を取り入れていると思っていたが、ほとんどが消極的な対応しか取ってないということを知り、驚いた。社内でのSNSという発想は新しいと思った。
    消費者の消費プロセスが変わってきていると書かれてあった。たしかに自分も何か大きな買い物をするときはネットで商品を調べる。その際は商品のホームページにも行くが、口コミを読むことが多い。その口コミによって商品を買った消費者がまた口コミを書き情報を共有する。このシステムに企業が対応していないのならばやはり現代では通用しないだろうと思った。


     何を主張したかったのか

    ウェブ2.0により急速に世界観が変わった。さまざまなものが変わったが、この本では組織>個人から個人>組織へ変わったという点が大きく扱われているように思える。今までは企業→消費者という形だったが、これからは企業のA→あなた、というようにブログの進化によって作る側の個、買う側の個が大きくクローズアップされてくる。企業はこれを小さなことだと無視してはならず、従来のシステムから「ウェブ2.0用システム」へ変えていかなければならない。同時に、企業の体制も凝り固まった縦社会から、柔軟な個を活かせる体制へチェンジを図らなければなりませんよ、と訴えている。


    議論したい点

    今回は実践的な本だったので実践的な話がしてみたい。
    本の中にCGMは本気で取り組まないと難しいと書かれていた。
    自分が新しい商品を売り出すとして、どのようなネットでの売り出し方があるか。失敗例も文中に書かれていたが、なぜ失敗したのかを話したい。

    5/14 「大企業のウェブはなぜつまらないのか」

    大企業のウェブはなぜつまらないのか 【顧客との対話に取り組む時期と戦略】
    本荘修二

    ≪感想≫
     大企業の「ネット化」の取り組みに関するhowとwhyという、今までありそうで無かった分野に焦点を当てていると思います。大企業が抱えている5つの課題を示し、その解決可能性を考えることで、ネット化の取り組みが必要であることを述べるという方法は、単純に「これから流行るから」「アメリカがやっているから」という意見より、説得力があると感じました。今すぐ利益にならないとしても、消費者が変わりつつある中で、取り組まないでいることが競争上不利益につながる、という考えが、日本の大企業にももっと受け入れられるといいと思います。


     ネットという手段を、どのような目的で、どのような方法で用いるのかを明確にし、各社が実験を繰り返す必要がある、というのは、突き放しているようで、未来が不確実な中での一番誠実な主張なのだと思います。また、企業のネット化を考えるときに大切なことが二つあり、<将来的にどうなりたいのかというビジョン>と、<なぜその行為をとらねばならないのかという理由づけ>である、という言葉が印象に残りました。これは、個人の行動にもウェブ以外の企業の行動にも、普遍的に当てはまると思うからです。その点で、7章を一番面白く読みました。


     また、企業にとっては異なる部署の仕事でも、顧客から見ると一つの会社であり、自社のアイデンティティを確立して、マルチチャンネルを連携する必要があるという点も納得できました。各ケースによって、達成したい目標や扱う商品によって、ウェブページに代表されるような、コミュニケーション方法が異なってくるのだと感じました。そして、ウェブページが面白いことと社内環境の良さには相関関係があるのかもしれない、と考えさせられました。


    ≪議論したい点≫
    ・企業の扱う商品やその目的によって、どのように顧客との対話の方法が異なるのか。どうすれば、適切なのか。

    ・そもそも、どのようなウェブページが面白いと感じるのか。(コンテンツが充実している、企業のカラーが出ている、など)

    大企業のウェブはなぜつまらないのかを読んで。

    大企業のウェブはなぜつまらないのか

    ■感想
    構成として、1章~4章は社会のネット化の概要を説明し、5章~6章でそれに伴う大企業の事例を紹介している。そして筆者の良いたいことは、7章~8章に記されている。この本を買う多くの人はおそらく「自社のウェブをどうすれば面白くできるのか?」を期待して購入すると思うが(少なくとも私もそうでした。)、実際はネット化で成功させる為の組織論が中心に書かれている。

    感想としては、実際に大企業の抱える構造的な問題がどうなっているのかはよく分からないが、経営課題(人口とか成長とか顧客ニーズとか)を克服するために、マクロ的な視点でネット化にシフトしていかなければならないという点には、納得できる。もちろん、ブログやSNSといったテクニック的な部分での活用も重要だが、それよりも大企業らしいスタンスで改革していけば、よいと感じる本でした。

    ところで、Time誌のPerson of the yearで2006年は「You.」だったということが最後に書かれていましたが(昨年のゼミでも議論済み)、実際どれくらいの人が、「個の時代」になったと感じているんでしょうね?個人的にはまだまだ「みんなと同じじゃないと嫌だ」と考えている人が多そう(少なくとも日本では)なので。。。

    ■議論
    上記に絡んで
    総務省の予測では、2007年3月末で、ブログの利用者が782万人、SNSは1042万人に達すると2006年4月の段階で予測しています。この数字が1億とかになるのはまだ時間がかかると思いまし、実際よくよまれるアルファブログも一部だと思います。ブログやSNSの可能性を大企業はどれくらい感じているのか、それに加え、自分たちはどう考えているのかを議論できたらよいのでは?と思っています。

    5月14日『大企業のウェブはなぜつまらないのか』??

    『大企業のウェブはなぜつまらないのか』

    この本を手にして、いざ読むというときに、「なぜつまらないのか」「ではどうすればいいのか」を事前に挙げてから読んだほうがよいのではないかと思いました。


    それで、
    • つまらなさを感じる要因は企業と個々人の間に溝を生んでいることではないか
    • 個々人の力を侮らない
    • 市場の劇的な変化に正面から対峙する

    これがことをタイトルを見たときに考えてました。
    ただ、大企業はその構造が強固で安定的であるかわりに変化への対応が遅かったり(すばやい対応ができない)、成功体験を持っているがゆえに革新的な動きができないという問題がある。

    本書で述べられていることは、そういった大企業の論理に対するアンチテーゼであり、「これから」の社会で生き残るためには、ネットによって「個人」の力が大きくなっている点、「賢い消費者」が増えている点に注目しなければならないということではないでしょうか。

    これからの大企業の「ネット化」は、大企業ならではの「信頼性」を基にしたブランド力強化と新規の顧客に対する「わかりやすさ」を求められるのだろうなと思いました。
    あと、注目すべきは情報へのアプローチ方法が増えている現状です(口コミサイト、SNS、ブログなどアクセス元が増えている)。大企業だからこそ、マクロな視点の中に「機動力」が求められると思います。t

    あと、個人的にきになったのはCGMマーケティングです。
    本書では課題として「匿名ユーザーが多く~」と「情報の信頼性が薄いものがある」(あと2つはおいとく)が示されていますが、これら(Web2.0型マーケティング?)は、既存メディアの「信頼性」や「権威」といったものに「情報量」で対抗するのもではないかと思います。
    情報の信頼性という弱点は情報発信者の数とその多数派で構成される集合知で補うのではないでしょうか。

    <議論したい点>

    個人的には大企業というのはそのものが認知されているものだから、企業に関する情報や製品に関する情報を1から10まで事細かに掲載する必要はく、その分を消費者とのインタラクティブな関係構築に使うべきであると思う。

    それでは、大企業のウェブは何を重視すればいいのでしょうか?意見交換の場をウェブサイト内に設置すればいいのでしょうか?

    あと、脱線しますが、テレビCMの「続きはWebで」についてみなさまどうお考えでしょうか?
    今回じゃなくてもいいのでいつか聞いてみたいです。

    大企業のウェブはなぜつまらないのか

     感想

     筆者がこの本で言いたかったことは「大企業の顧客・市場に向けたネット化」についてだった。そのことについて現代なされていること、これからどうすべきか、を多くの具体例を用いて書いてあった。すなわち、「大企業の顧客・市場に向けたネット化」を骨として、対策・展望等を肉付けしただけの本に思われた。

     具体例を多用し、面白かったのだが一番印象に残ったのは「不確実で先が読みにくいため企業のネット化は実験物理学的である」という点だ。この点は何しも企業だけには当てはまらない。個人にも当てはまるはずだ。先日、ニッポン・サバイバルという本を読んだのだが、その副タイトルも「不確実な時代を生き抜く10のヒント」であった。世の中が不確実であるから大まかな長期的ビジョンをもち、目の前のことは実験物理学的にトライしていくのである。個人の面で考えると、多くの人は現状維持を好む。(そっちのほうが楽だから)これは保守的だ。一方、現状をよりよくするため改善しようとする革新派もいる。

     というように個人でも企業も同じ面があるはずだ。よって日本ではまだ保守的な人が多いだけで、いずれは大企業のネット化も急速に広まると思う。ウェブ進化論あったように、「革命的変化には、タービュランスを経験するのである。そのあと、10年・20年して革命的変化は成功するのである。」


     議論したい点
     
     革命的変化における実験物理学は、大企業のネット化だけではなく個人にも当てはまるのではないか。

     

    ○○のウェブはなぜつまらないのか

    5月13日、母の日ですね
    ちなみに親父の誕生日です
    噂によると、ときたま、このブログを見てるらしいので
    「お誕生日おめでとうございます」と記しておきます

    さて本題に入ろうと思います
    「大企業のウェブはなぜつまらないのか」

    ○感想○
    本の題名だけを聞いたときは、もっとウェブに焦点を当てた本だと思っていたが
    実際に読んでみると、大企業の経営方針がメイントピックであった。
    ウェブというのは、新しく不確実な戦略の、一種の例にすぎなく、日本の大企業の構造的な課題を取り上げていると感じた。
    大企業にとって、不確実でリスクの大きいウェブを、積極的に取り込むべきだということが、統計や例を通して納得させられた。
    それとともに、大企業の総合力や組織力という強みを活かすには、個を活かし総合力を充実させることが大切だということも 明確に伝わってきた
    「組織力」と「個」という、一見相反するものが、大企業という経営構造の中で複合させることは、とても面白いと思う。この本の中で取り上げられていた、ネットと既存チャンネルの組み合わせて情報を提供するクロスメディアであったり、大企業と顧客が協同する可能性であったり、様々なモノが「融合」しなくてはならない時代に入ったのであろうか、と感じた


    ○論議したい点○
    この本の中で
    新たな動きを起こしている(ネット化を推進している)大企業と、そうでない大企業が日本には存在していると述べられている。
    実際に例として、いくつかの会社の経営方針などが挙げられているが、ゼミの時間でも具体的に日本の大企業を、新たな動きに敏感な大企業と、否定的な大企業という二つのグループに分け(もしくは、ウェブがつまらない大企業と、面白い大企業に分け)、前者と後者の経営方針を考察し、現状とともに、これからの展望を議論したい

    5月14日「大企業のウェブは何故つまらないのか」

    【感想】

    解説や箇条書きなどが多く、とても読みやすい本でした。
    この本の面白い点は、日本企業の旧体制がネットという新しいものを前にして明確になったことを説明し、対策を提示しているところだと思います。
    金先生が先週お話していた、マーケティングの中心は「個人」になる世の中で、企業がどのように「個人」である顧客を取り組んでいくか。その上でのWeb進出の重要性と先行事例が記してあり、とても参考になりました。
    なるよくある個人向けのHow toの本や、「Webの○○は今後どうなるか?」などの類いが流出している中で、旧体制の企業を問題を取り上げ、企業がどうすればいいかという道しるべを記した本はなかなかないと思います。
    日本企業の旧体制は激変するWeb社会を前にして、よく問題に取り上げられますよね。でも、その問題を具体的にどうするかという本は少ないのではないかと思います。その旧体制を変化させる為に、コンサルタントや大手企業向けのビジネスをする人という狭い対象をターゲットにしたことが画期的だとも感じました。

    この本で特に印象的だったワードは、

    • "Strategy of Active Weiting"
    • 「普及率16%の論理」
    • Top down × Bottom Up

    ですね。3つとも、自分には新しい考え、論理で面白かったです。

    【議論したい点

    顧客とリアルタイムにコミュニケーションしていく媒体として、この本では基本的にパソコンでのインターネットアクセスが扱われている。しかし、主婦や高齢者、障害者などはパソコンというよりは携帯電話を利用してインターネットにアクセスしているのが現状だ。また、携帯電話は画面が小さく、パソコンとは異なるWebサイトの構成が必要であると考えられる。

    • 携帯インターネットを通じた新しいマーケティングは、パソコンを通じたマーケティングとどのような違い、共通点があると考えられるか。
    • リアルタイムの双方向性(携帯インターネット)を活用した企業のマーケティングはどのようなものになるか。

    5月14日のゼミ課題

     大企業のウェブはなぜつまらないかを読んで

    <感想>
     まず全体を通して、これまでに自分が読んだ本(ウェブや経営関連書など)の中ですでに知っていたものが多かったが、改めて今の企業のウェブの現状を頭の中で整理することができてよかった。まえがきにもあるようにウェブの本ではなく大企業の経営の視点から書かれていたので、興味を持って読むことができた。それでは以下に気になった内容を挙げていきたいと思う。
     この本によると、大企業がウェブ戦略を取り入れるには長期的視野が必要であり、現在の部門別に分かれた組織構造では上手く機能しない(この本ではHPが例に挙がっていた)。その上、ネットを軽視している、理解が乏しい。これに関しての意見は、組織間協調をしなければならないというのは最近よく言われていることであり、確かにそうすべきであるとは思う。ただ、ネットをまだ軽視している、理解に乏しい大企業が多いということには、保守的以外にも何か理由があると考えられる。短期的な収益を考えると、ネット広告よりもまだテレビCMの方が強いなど。(最近のCMはメディアミックスが流行ですが。)また、ブログについての言及では顧客側にチカラがシフトしたとある。これも最近よく言われている。特にここで気になったのはビジネスブログの先行例のところの「リコー」である。この本によると、リコーのGRシリーズは「マス広告をほとんどせずに売上目標をクリアしている」とあり、さもネット(ブログ)の効果が大きいように書かれている。が本当にネットの効果が大きかったのだろうか。リコーのGRに関して言えば、ここで取り上げたのは明らかに間違いである。リコーのGRは、カメラを少しでも知っている人なら、「性能が抜群に良いこと」「森山大道をはじめプロのカメラマンが使用していること」は周知の事実なのである。要するにネットなど使わずとも、ブランド力は抜群なのである。最後に、この本で残念だった点は、現状分析を詳しくしているが、これからのビジョンが推測の域を出なかったことです。(誰にも予測はできないのでしょうが・・・)

    <議論したい点>
     ・企業が自社メディアを持つにはどうすればいいのか?
     ・ブログやSNSがビジネスに本当に使えるのか?

    PS.大企業かどうかわからないですが、CrispinPorter+Boguskyのバーガーキングのウェブサイトは面白かった。確か去年あたりカンヌで金賞もらってるはず。カンヌのサイバーは最近できた部門だけど、結構新しい表現をやってて面白い!実際、面白い広告作ろうと思ったら、企業の上の人が寛容じゃないとできないし、日本も新しい表現に寛容な社長がいる企業が出てこないと、同じようなHPばっかりになっちゃいそう・・・。

    大企業のウェブはなぜつまらないのか

    (感想)
    まず、快適に読むことができた本だった。
    用語説明やその動きが起こった経緯、背景や現状など逐一注釈をつけてくれており、親切で読みやすかったからだ。
    これは直接的に本書の内容とは異なることかもしれないが、web2.0がより多くの人を取り込んでのコミュニケーションを可能にする動きで注目すべきだと訴えるならば、その関係書は一部のネットに詳しい人だけに向けてではなく、この本のように、どことなく取り残されている感を抱いている読者にも分かるよう丁寧に書かれるべきだと思った。

    内容について、ポイントは「既存メディアとネットを対立軸でみない」ということだと思う。
    ネットの普及、それに伴うネット広告の普及が既存メディアに対しての脅威だといった悲観的な見方をしていても仕方がない。その動きに逆らおうとするのではなく、それを取り込み上手く活用する術を考えるべきだろう。
    私は広告費の高さでそのメディアの重要性を考えるのは間違っているのではないかと考える。
    例えばネット広告費がいくら増えたところでやはりテレビは全体でみると影響力の強いメディアであることに変わりはないだろうし、他にも近い将来、ネット広告費が雑誌のそれを追い越したからといってもやはり雑誌で広告を出すことの強みがあるに違いない。
    重要なことはメディアを個別にみることではなく、それぞれの特性を活かし横断的な見方のもとで可能性を探ることだと考える。


    (議論したい点)
    ・文化的背景からみた場合、日本のSNSをはじめとするCGMは今後さらなる拡大を期待できるか?
    そのときのビジネスモデルや韓国型のデジタルグッツ販売か、米のような広告収入型か、あるいは全く新しいものなのか。

    ・企業と顧客が双方向的に直接つながることは可能か?(顧客による自由な発信は企業にとって常にプラスなことばかりとは限らない)

    ・ブログについて、一過性のブームか否か。何百万とあるブログのうち、読まれるのはほんの一握り。
    ブログ読者数はどのように算出しているのか。ブログの読者はそれを参考にしようとする企業が多いということは考えられないか?